マシコヒゲムシ (Oligobrachia mashikoi) は能登半島先端付近に位置する九十九湾の水深約20−30mの硫化物に富む泥中に生息している。これらの生物は口や肛門、消化器官を全く持たない代わりに、体内に化学合成独立栄養細菌を共生させており、その共生細菌が炭酸固定し合成した有機物を用いて生育に必要なエネルギーを獲得していると考えられている。私たちは、マシコヒゲムシと細菌との共生の意義やその分子機構の解明を目的に、共生細菌の16S rRNA遺伝子の配列を決定し、その分子系統を考察した。
本研究においてマシコヒゲムシ共生細菌の16S rRNA遺伝子を解析したところ、少なくとも7種類の共生細菌がおり、これらはきわめて近縁でありガンマプロテオバクテリアに属していることが示唆された。また、宿主は各一個体が7種類の共生細菌のうちの1種類を優先的に保持していることを示す結果を得た。(論文参照)
一方、ヒゲムシの共生細菌は配偶子を介して次世代に伝えられるのではなく、幼生期に周辺環境から獲得される事が、他のヒゲムシの研究より示唆されている。しかし、ヒゲムシと共生細菌の共生関係が成立する要因や過程は明らかではない。そこで私たちは、共生細菌の分布が共生関係成立の要因になり得るかを検討するため、マシコヒゲムシの主要な共生細菌(Endosymbiont A)の九十九湾における分布と個体数を明らかにし、その分布とマシコヒゲムシの分布との相関性を考察した。Endosymbiont Aの16S rRNA遺伝子は、海底土壌1 gあたり2.22×104-1.42×106 コピーの範囲で、湾内のほぼ全域から検出された。また、 Endosymbiont Aは海底土壌中の真正細菌の9%以下であり、このことは、マシコヒゲムシの幼生が環境中の細菌群から共生細菌を厳密に認識し、獲得していることを示唆している。(論文参照)
次に、マシコヒゲムシ共生細菌のエネルギー代謝を推測するため、透過型電子顕微鏡を用いて、マシコヒゲムシのバクテリオサイトに含まれる細菌の形態観察を行った。その結果、共生細菌がメタン酸化細菌に特徴的な細胞内の膜層構造を持たないこと、硫黄酸化細菌が硫黄を貯蔵する小胞に類似した構造を持つことを確認した。また、Endosymbiont A–Gのゲノム中に、硫黄酸化 (aprA、soxB)、および、炭酸固定 (cbbL)に関わる遺伝子が存在することを調べるため、各遺伝子に特異的なプライマーを用いてPCRを行った。Endosymbiont A–Gから増幅した各遺伝子を用いて系統解析を行った結果、Endosymbiont A–Gは単系統群を形成し、硫黄酸化細菌に近縁であることが明らかになった。(論文投稿中)